2025年6月30日月曜日

就活におけるグループワーク)【第2話】話すことが得意じゃなくても

【第2話】話すことが得意じゃなくても


 「進行役、誰かやりますか?」

 その一言で、場が静まり返った。誰もが様子をうかがい合うなか、内心「無理だ」と思いながらも、春菜はおそるおそる手を挙げた。

 話すのは苦手だ。でも、黙って終わるのはもっとイヤだった。

 「じゃあ、まず意見を出し合ってみましょうか」

 声は少し震えていた。進行もぎこちなく、タイムキープもうまくいかなかった。

 だけど、不思議と皆が春菜のペースに合わせてくれた。話しやすい雰囲気を作ってくれて、気づけば自然に議論が進んでいた。

 終わったあと、隣の子が笑って言った。

 「やりやすかったよ。ありがとう」

 話すのが得意じゃなくても、場を動かす力はある。そう思えた最初の一歩だった。 

就活におけるグループワーク)【第1話】「何も言えなかった、あの日の自分へ」

【第1話】「何も言えなかった、あの日の自分へ」


 「では、5人で10分間、自由に話し合ってください」

 そう言われた瞬間、空気がぴんと張り詰めた。自己紹介が終わると、隣の斉藤がすぐに話し始め、他のメンバーも次々と意見を出す。

 私は、口を開くタイミングを探し続けた。でも、気づけば話はどんどん進んでいき、最後まで一言も発せずに終わった。

 グループワークの帰り道、悔しさと情けなさで足取りが重くなった。家に着いて、メモ帳に今日のことを書き出してみた。誰も私を遮っていなかった。発言しようと思えば、できたはずだった。

 「次は、ひとつだけでも言おう」

 そう決めた私は、ノートに「言いたかったこと」を箇条書きにして、翌週のグループワークに備えた。

 怖くても、準備していれば、きっと声は出せる。そう信じた、あの日の始まり。

2025年6月29日日曜日

就活物語「見えない仕事に気づける子」

就活物語
「見えない仕事に気づける子」


 インターンの最終週、資料作成に追われていた私は、会議室の準備をすっかり忘れていた。開始5分前、慌てて会場に向かうと、すでに机が整えられ、プロジェクターの接続も済んでいた。

 準備をしていたのは、リョウくんだった。声をかけると「たまたま近くにいて、誰も準備していなかったので」と笑っていたが、私は見ていた。彼はその日、同じ会議室で別の打ち合わせをしていて、終わると同時にサッと動いたのだ。

 誰にも言われていないことに気づき、動ける学生は少ない。「気が利く」とは、よく使われる言葉だけど、その本質は“周囲を見て、今必要なことを察する力”だと私は思う。

 インターン中も、ファイル整理やごみの片付けなど、誰も頼んでいない雑務を彼は自然にこなしていた。それを見ていた社員たちは、口をそろえてこう言った。「リョウくん、気持ちいい働き方をするね。」

 仕事は派手さだけじゃない。見えない仕事に気づける、その姿勢が、職場の信頼を築いていくのだ。

2025年6月28日土曜日

就活物語「名前を覚える子」

就活物語
「名前を覚える子」


 インターン初日の朝、オフィスの空気は少し緊張気味だった。そんな中、真っ先に私に挨拶をしてきたのが、ミホさんだった。「○○部の佐藤さんですよね? 今日からよろしくお願いします!」と名前を添えて言われた瞬間、私は驚いた。

 インターン前に会社の組織図を渡していたが、それを見て本当に覚えてくる学生は少ない。名前を覚えるという行為は、小さなようで大きな心配りだ。私たち社員は日々の業務で忙しくしているが、その中で「覚えようとしてくれている」と感じると、自然と距離が縮まる。

 さらに彼女は、同じ部署の先輩にも「○○さんの資料、すごく分かりやすかったです」と笑顔で伝えていた。言葉にされると、人はやはりうれしい。職場という場で大切なのは、仕事の能力だけではなく、コミュニケーションの積み重ねだということを、彼女は自然に体現していた。

 最終日のふりかえりで、彼女はこう言った。「私は人の名前を覚えるのが得意ではないのですが、今回は絶対に覚えてから来ようと思って頑張りました。」努力の裏側を聞き、心から「一緒に働きたい」と思った。

2025年6月27日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第40話】たった一人に届けば、それでいい

【第40話】たった一人に届けば、それでいい


 「こんな内容、誰が読むんだろう…」

 夜遅く、志望動機を書きながら、真央はふと手を止めた。

 自分の思いを一生懸命言葉にしたけれど、なんだか空回りしている気がする。企業は何百人、何千人と応募者を見る。その中の一枚が、果たしてちゃんと読まれるんだろうか。

 でも──思い出した。以前、インターンの選考後、担当者から言われた一言。

 「あなたの文章、すごく伝わってきました」

 その言葉に救われたあの日。そうだ、たった一人にでも、届けばいい。ちゃんと読んでくれる人が、きっといる。

 真央は、もう一度文章を整え、画面に表示された「送信」ボタンをそっと押した。

履歴書・エントリーシートの作成)【第39話】書き直すたび、自分に近づいていく

【第39話】書き直すたび、自分に近づいていく


 「また書き直しか…」

 何度目かわからないエントリーシートの修正に、光は机に突っ伏しそうになった。

 でも、よく考えてみたら、最初に書いた文章と今の文章では、まるで別物だ。

 はじめは、表面的な言葉ばかりだった。誰かに褒められそうな文を、ただ並べていただけ。

 でも今は、自分の言葉で、自分の経験を語れている気がする。時間はかかったけど、それだけ深く自分を見つめられた証拠だ。

 「書き直すこと」は失敗じゃない。自分を理解する旅の、ひとつのプロセス。

 そう思うと、目の前の白紙も、ちょっとだけ優しく見えてきた。

2025年6月26日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)

【第38話】「誰かに見せる」ことで気づけること


 「この文章、ちょっともったいないかも」

 エントリーシートを見せた友人にそう言われて、涼太は少し驚いた。

 「もっと自分の良さが出せると思うよ」と言われて、読み返してみる。たしかに、無難にまとめすぎていた。「変に目立たないように」「減点されないように」と、気をつかいすぎていたのかもしれない。

 自分では「そこそこよく書けた」と思っていた文章も、他人の目を通すことで、新しい発見がある。

 自分を知るための就活。でも、それは他人との対話の中で、もっと深くなる。

 涼太はもう一度ペンを取り、言葉を見つめなおした。今度は、ちょっと踏み込んで書いてみようと思った。

履歴書・エントリーシートの作成)【第37話】他人の言葉に、自分を重ねすぎないで

【第37話】他人の言葉に、自分を重ねすぎないで


 「こんなことでアピールになるのかな…」

 志望動機を書いていた瑛太は、SNSで流れてきた「模範解答」を読んで落ち込んだ。

 熱意あふれる言葉、具体的なエピソード、完璧な構成。自分の書いた文章が、急に幼く、頼りなく思えてくる。

 でも、ふと気づく。「この文章、ほんとうにその人の言葉なんだろうか?」

 誰かの成功例をなぞっても、それは“その人らしさ”であって、自分のものじゃない。

 大切なのは、派手さや上手さじゃない。自分の思いを、自分の言葉で語ること。

 「不器用でも、嘘じゃない言葉を書こう」

 そう思って書き直した文には、少しだけ強さが宿っていた。

2025年6月25日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第36話】たった一文が、道をひらいた

【第36話】たった一文が、道をひらいた


 「自己PRに書けるようなこと、ないんです」

 面談でそう言った美咲に、キャリアセンターの先生は笑いながら言った。

 「じゃあ、今日ここに来て話してくれたこと、そのまま書いてみたら?」

 帰り道、美咲はスマホにメモを開いて、話したことを思い出しながら打ち込んだ。

 サークルで後輩の相談に乗ったこと。バイト先でミスした子をフォローしたこと。うまく言えなかったけれど、誰かを気づかって行動してきた日々。

 文章にしてみると、それはちゃんと「自分らしさ」だった。

 書くことは、自分を認めることにもつながる。そう気づいた瞬間、美咲の中で何かがふっと軽くなった。 

履歴書・エントリーシートの作成)【第35話】書くことで、自分を知っていく

【第35話】書くことで、自分を知っていく


 「どうしてこの仕事を選んだんだろう?」

 エントリーシートの志望動機を書きながら、湊はふと手を止めた。

 最初は、なんとなく「安定してそうだから」とか「知名度があるから」と思っていた。でも、それだけじゃ足りない気がして、調べて、考えて、書き直して──。

 何度も向き合っているうちに、少しずつ見えてきた。「人と関わるのが好き」「人の役に立ちたい」──これが、自分の芯にある思いなんだと。

 書くことは、自分を飾る作業じゃなくて、自分を掘り下げる作業だった。

 湊は、少しだけ誇らしい気持ちで、エントリーシートの最後の一文を書き終えた。

2025年6月24日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第34話】空白を見つめる時間

【第34話】空白を見つめる時間


 「趣味・特技」の欄が、ぽっかりと空いている。

 椿は、ペンを握ったまま動けなくなっていた。

 周りの友達はみんな、スポーツや資格の話を書いている。自分には、そんな立派なものなんてない。そう思うと、空欄がどんどん重たくなっていく。

 だけど、椿は少しずつ思い出していった。小さなころから続けていた朝のラジオ体操、毎週録画して観ているドラマ、友達の誕生日に手紙を送る習慣。

 「……これも、“自分らしさ”かも」

 特技じゃなくていい。好きなこと、大切にしてることを、まっすぐに書いてみよう。

 椿はゆっくりと、一文字ずつ書き始めた。空欄が、自分の言葉で埋まっていくのが、なんだかうれしかった。

履歴書・エントリーシートの作成)【第33話】「完璧な一文が書けた日のこと」

【第33話】「完璧な一文が書けた日のこと」


 「これは…いいかも」

 書いたばかりの自己PR文を見て、蓮は小さくうなずいた。

 はじめは全然うまくいかなかった。「こんなのアピールにならない」「誰でも言いそう」と何度も消しては書き直した。

 でも、ある時気づいた。「かっこよく」書こうとするほど、嘘っぽくなる。自分の弱さやつまずいた経験も、ちゃんと書いていいんじゃないかと。

 そうして出来上がったのが、「失敗して落ち込んだけど、そこから立ち直るまでに何をしたか」を素直に綴った一文だった。

 書けた瞬間、なんだか泣きそうになった。ようやく自分を、言葉にできた気がして。

 エントリーシートは、完璧な自分を飾る場所じゃない。今の自分を見つめて伝えるための紙なのだ。

2025年6月23日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第32話】「誤字脱字がこわくて」

【第32話】「誤字脱字がこわくて」


 「もう5回は見直してるのに、まだ間違ってる気がする…」

 麻衣はエントリーシートを握りしめたまま、動けずにいた。

 「一字一句に責任を持つのが社会人ってこと?」そんなプレッシャーに押されて、言葉を修正するたびに自信も削られていく。

 でも、ふと気づいた。最初に書いた文の方が、自分らしさがあった。丁寧に整えすぎて、言いたかったことがぼやけてしまっていた。

 誤字脱字を直すことは大事。でも、それより大切なのは、自分の言葉で、自分の想いを届けること。

 「よし。これでいこう」

 麻衣は、最後にもう一度だけ読み返して、封筒にエントリーシートをそっと入れた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第31話】「書けない」じゃなくて「まだ言葉になっていない」だけ

【第31話】「書けない」じゃなくて「まだ言葉になっていない」だけ 


 履歴書の志望動機欄を前に、鉛筆をくるくる回しながら、佐々木はため息をついた。

 「なぜこの会社なのか…なんでだっけ…?」

 頭の中にはいろんな思いがあるのに、それを“書ける日本語”にするのがむずかしい。うまく言おうとすればするほど、手が止まる。

 ふと、横に置いたノートを見た。そこには、友達と話したときに書きとめたメモがあった。

 「人の話を丁寧に聞ける自分を、仕事に活かしたい」

「この会社の人の雰囲気が、自分には合う気がする」

 これでいいんだ。立派な文章じゃなくても、自分の想いがにじむ言葉なら、ちゃんと伝わるはず。

 佐々木は、消しゴムで志望動機欄の上をゆっくり消し、もう一度書き始めた。

2025年6月22日日曜日

就活物語「聞く力のある子」

就活物語
「聞く力のある子」


 今回のインターンで、私は一人の“聞き上手”に出会った。

 ミサキ。最初は正直、目立たない学生だった。発言も控えめで、声も小さい。だがある日、担当社員が話しているとき、彼女が熱心に頷きながらメモを取っているのが目に入った。

 ふと、話を終えた社員が彼女に言った。「さっきの話、どの部分が気になりました?」

 ミサキは、少し考えてから答えた。「お客様が“本当は何に困っているか”を探る大切さ、です。話の背景を聞くって、すごく難しいと思いました。」

 それを聞いた社員の目が変わった。

 彼女は、ただ話を聞いていたのではなかった。言葉の裏側にある“意図”や“背景”まで考えていたのだ。それは、営業の現場で最も大切な“傾聴力”につながる感覚だった。

 最終日のふりかえりでも、彼女は控えめにこう語った。

 「自分は話すのが得意じゃないけれど、人の話を深く聞くことなら、誰にも負けないようにしたいです」

 企業にとって、話す力だけが武器じゃない。聞く力を持つ人が、チームを支える柱になることがある。

 私は迷いなく、彼女の名前に〇をつけた。

静かな“本物の力”を感じたからだ。

2025年6月21日土曜日

就活物語「空気を変える力」

就活物語
「空気を変える力」


 今回のインターンシップで、最も印象に残ったのはユウトだった。

 彼は特別にプレゼンが上手かったわけでも、知識が抜きん出ていたわけでもない。ただ、一つだけ違ったのは「場の空気を変える力」を持っていたことだ。

 グループワーク初日、どこかぎこちない空気のなかで彼は「せっかくだし、最初に自己紹介しません?」と声をかけた。おかげでその場は一気に和み、参加者たちも少しずつ会話が生まれた。あれがなければ、そのチームは最後まで沈黙のままだったかもしれない。

 ワークの途中でも、誰かのアイデアに「それ、いいですね」と必ず肯定から入る。間違った意見でも、批判はせずに視点を足して広げていた。ユウトがいるだけで、チームが前向きになるのを私は何度も目にした。

 成果発表の後、他の学生たちが席に戻るなか、ユウトは最後まで会場の片付けを手伝っていた。その背中を見ながら、私はこう思った。

 「一緒に働くなら、こういう人がいい」

 スキルはあとから身につければいい。でも、人を前向きにする力は、簡単には身につかない。ユウトはそれを、自然体でやってのけていた。

2025年6月20日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第30話】「伝えたいこと」がひとつに絞れない

【第30話】「伝えたいこと」がひとつに絞れない


 自己PR欄に書きたいことが、いくつも頭に浮かぶ。

バイトで学んだ責任感、ゼミでの調査活動、サークルでのリーダー経験――

全部伝えたい。でも、すべてを詰め込もうとするほど、言いたいことがぼやけていった。

 「全部がんばってきたのに、どれかを削るなんてもったいない」

そう思いながら、何度も書いては消し、紙が何枚もくしゃくしゃになっていく。

 そんなとき、ふと手元のメモに目がとまった。

そこには、就活を始めたときに自分が書いたひとこと。

 《自分の強み=相手の立場で考えられること》

 それを起点に、俊は文章を組み直しはじめた。

全部を語る必要はない。いちばん伝えたい“核”があれば、それでいい。

履歴書・エントリーシートの作成)【第29話】「人と比べてばかり」の自分をやめたくて

【第29話】「人と比べてばかり」の自分をやめたくて


 SNSで見かけた、友達の「内定しました!」の投稿。

結菜はスマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。

 自分はまだ、エントリーシートを書いている途中。

「みんなすごいな」「どうして私は遅れてるんだろう」

そんな言葉が、心の中に押し寄せてくる。

 でも、あるメモが目に入った。

そこには、数週間前の自分が書いたToDoリストが残っていた。「企業研究」「説明会参加」「履歴書下書き」――全部、ひとつひとつこなしてきた証。

 「誰かと比べるより、昨日の自分に勝ちたい」

そうつぶやいて、結菜はそっとスマホを伏せ、ペンを握った。

2025年6月19日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第28話】「なんとなく」で書いた志望動機

【第28話】「なんとなく」で書いた志望動機


 「御社の企業理念に共感し……」

そんな書き出しで始めた志望動機。ネットの例文を見て、それっぽく整えたつもりだった。

 でも、読み返すたびに胸の奥がざわつく。

本当にそう思ってる? なぜこの会社に惹かれたの?

 心の中で何度も問い返すうちに、ふと大学2年のときに参加したインターンを思い出した。

そこで出会った社員がかけてくれた一言が、どれだけ励みになったか。

その会社の名前が、今書いている履歴書と一致していた。

 「そうだ。あの人のように働きたいって、あの時思ったんだった」

ようやく言葉が自分の内側から湧き出した。

 “なんとなく”ではなく、“自分の言葉”で書く志望動機。

里緒はゆっくりとキーボードに向かった。

 

履歴書・エントリーシートの作成)【第27話】面接と同じくらい、送付状にも悩んだ

【第27話】面接と同じくらい、送付状にも悩んだ


 エントリーシートと履歴書を送り出す準備は整った。

でも最後に残ったのが、「送付状」だった。

 メールやLINEなら得意だけど、改まったビジネス文書を書くのは初めてだった。

ネットで例文を探しても、「拝啓」「謹啓」「敬具」……よくわからない。

 「これって、本当に読んでもらえてるのかな」

でもふと、誰かが“それでも大事”と言っていたのを思い出した。

「その人が、どんな気持ちで送ってくれてるかが、文面に出るんだよ」

 航は、ぎこちなくても、自分の言葉で丁寧に送付状を書いた。

自信はないけど、ちゃんと届けようとしている。それだけは、伝えられるはずだから。

2025年6月18日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第26話】書く前に手が止まる

【第26話】書く前に手が止まる


 パソコンの前に座ったものの、カーソルが点滅したまま、まったく進まない。

「書き出しは、何から始めればいいんだろう」

文字ひとつ打たないまま、10分が過ぎていた。

 エントリーシート。書くべきことはわかっているつもりだった。

でも、頭の中が真っ白になる。何も書けない自分に、少し焦り始める。

 そんなとき、机の横に貼っていた小さなメモが目に入った。

《まずは思い出す。書くのはあとで》――就活ノートに自分で書いた言葉だった。

 優花は、ノートを開いて過去のアルバイトやサークルでの出来事を、箇条書きにしはじめた。書き出す前に、思い出すこと。それが、いちばん最初の一歩だった。

 

履歴書・エントリーシートの作成)【第25話】手書きか、パソコンかで悩んだ日

【第25話】手書きか、パソコンかで悩んだ日


 「履歴書は、手書きの方が気持ちが伝わる」

そんな声を聞いて、奏太は迷っていた。

 パソコンなら誤字も修正も簡単。でも、なんとなく“本気度”が足りないように見られないか、心配だった。

 一方で、手書きにすれば、丁寧に書き上げるぶん時間もかかるし、失敗したら最初からやり直しだ。

 何度も紙と画面を行き来して、ようやく気づいた。

「大事なのは形式じゃなくて、どれだけ自分の言葉に誠実でいられるか」

 奏太はゆっくりとパソコンを開いた。

迷いながら出した答えに、今の自分らしさが表れている気がした。



 

2025年6月17日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第24話】「誤字」に気づいた瞬間

【第24話】「誤字」に気づいた瞬間


 「よし、これで完成……」

エントリーシートを印刷して、明里は深呼吸をした。

 でも、ホチキスでとめる前にもう一度だけ、と読み返したとき。

――目に飛び込んできたのは、「志望動機」の中にあった一文字の誤字だった。

 “経験”が“軽減”になっている。

 その瞬間、頬がじんわり熱くなる。何度も確認したのに、見逃していた。

このまま出してしまえば、きっと印象が悪くなる。

 印刷した紙を見つめて、ため息をひとつ。そして、彼女はまたパソコンの前に座り直した。

 「悔しいけど、これも経験だよね」

自分にそう言い聞かせながら、新しい一枚に向き合う。

履歴書・エントリーシートの作成)【第23話】「資格」の欄が空白のままで

【第23話】「資格」の欄が空白のままで


 履歴書の「資格・免許」欄に、何も書くことがなかった。

普通自動車免許すら持っていない。空欄のまま提出するのが、なんだか怖く感じた。

 「やっぱり、何か持ってた方がいいんじゃないか」

周囲がTOEICや簿記などを書いているのを見て、焦りだけが募る。

 でも、そのときふと気づいた。

アルバイトやゼミ活動で、自分がどんな力を磨いてきたか。資格じゃなくても、身についてきたことがあるんじゃないかと。

 「資格は空欄でも、経験は空白じゃない」

そう思えたとき、直也は少しだけ前を向けた。

 書けないことばかりに目を向けるのではなく、書けることに目を向けよう。

空欄も、自分のこれからを映す“余白”かもしれない。

2025年6月16日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第22話】書いた自分を信じきれない

【第22話】書いた自分を信じきれない


 エントリーシートを書き終えたのに、「これでいいのかな」と何度も見返してしまう。

自分の言葉なのに、自信が持てない。

 「もっと立派な経験を書いた方がいいんじゃないか」

「誰かに添削してもらった方がいいのかな」

迷いの声が、心の中でぐるぐると回る。

 でも、書いた言葉を読み返すうちに、少しだけ気づく。

これは、どこかのテンプレートじゃない。自分の中から出てきた、等身大の言葉だと。

 「今の自分を、ちゃんと書けた」

それだけで、きっと伝わることもある。遥はそっとペンを置き、封筒を閉じた。

 信じるべきなのは、書いた内容よりも、その言葉にたどり着くまで悩んだ“自分自身”なのだ。

履歴書・エントリーシートの作成)【第21話】フォーマットを崩せなかった夜

【第21話】フォーマットを崩せなかった夜


 エントリーシートのフォーマット欄、上から下まで、びっしりと文字を埋めた。

それでも千尋は、どこか納得できずにいた。

 「これって、読みにくくないかな……」

行間が詰まりすぎて、伝えたいことが伝わらないような気がしてくる。けれど、空欄があるのは不安だった。

 「ちゃんと書ききらなきゃいけない」――そう思い込んでいた。

 でも、企業の採用担当者のインタビュー記事にこう書かれていた。

「読みやすさも大事な“気配り”です」

 その言葉に背中を押されて、千尋は勇気を出して行間を調整し、段落を分けた。

読みやすく、シンプルに。情報量ではなく、“伝わる形”を意識した一枚が仕上がった。

2025年6月15日日曜日

就活物語「名脇役の光」

 就活物語
「名脇役の光」


 インターン最終日の成果発表。五人のチームがプレゼンを行う中、どうしても目が引かれる学生がいた。

 それがユイだった。

 彼女は発表のメイン担当ではなかった。プレゼン中も後方で控えめに立っていた。だが、資料作成のとき、誰よりも遅くまで残って構成を整えていたのは彼女だった。討論中、議論が詰まったときに「一度視点を変えてみよう」と促したのも、彼女だった。

 前に立って話す人が目立つ一方で、彼女のように“周りを支える力”を持つ学生は、実は職場で最も必要とされるタイプだと私は思っている。

 発表後、他の学生が拍手を浴びる中、ユイは静かに片づけを始めていた。そんな姿を見て、私は記録メモの欄にこう書いた。

 「控えめだが、チームの要。必ず組織に馴染む。」

 リーダーばかりが採用されるわけではない。“縁の下の力持ち”という言葉を、彼女は自分の行動で証明していた。

 一緒に働きたいのは、そういう「目立たないけど頼れる人」でもあるのだ。

2025年6月14日土曜日

就活物語「失敗を糧にする子」

 就活物語
「失敗を糧にする子」


 五日間のインターンシップの中で、たった一度のミスが、その学生の印象を大きく変えた。

 彼の名前はヒロト。素直で明るく、初日から社内にもすぐ溶け込んだ。だが三日目、提出物のデータ形式を間違え、チーム全体の進行が一時止まってしまった。正直、現場からは「大丈夫か?」という声もあった。

 その日のうちに、ヒロトは自分から謝りに来た。

 「すみません、確認不足でした。でも、次からは必ずチェックリストをつけて確認してから提出します。」

 口先だけの謝罪ではなかった。翌朝には自作のチェック表を印刷して、デスクに貼っていた。周囲にも「何かあったら教えてください」と声をかけていた。

 ミスをしても、人はそこで終わりではない。その後どう行動するかで、人としての信頼は回復できる。いや、むしろ強くなる。

 最終日には、ヒロトの周りに社員が自然と集まり、彼の提案に耳を傾けていた。彼は、失敗を“学び”に変える力を持っていたのだ。

 「また一緒に働きたい」

そう思わせてくれたのは、完璧さではなく、“成長を止めない姿勢”だった。

2025年6月13日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない

【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない


 エントリーシートを見つめながら、香織は首をかしげた。「自己PR」と「志望動機」、似ているようで、何を書けばいいのか分からない。

 どちらも「自分をアピールする」ものなのに、違いがぼんやりしていた。何度書いても、似たような文章になってしまう。

 そんなとき、大学の先輩が言っていた言葉を思い出した。

「自己PRは“私はこういう人です”、志望動機は“だから御社でこう働きたい”って話だよ」

 目の前の2つの空欄が、それぞれ“過去”と“未来”に向かっていると気づいたとき、香織の中でようやく言葉が整理された。

 “自分を伝える”って、そういうことなのかもしれない。

履歴書・エントリーシートの作成)【第19話】志望企業の“名前”を間違えた日

【第19話】志望企業の“名前”を間違えた日


 「御社の〇〇という理念に共感し……」

提出直後、画面を見返して、亮太は青ざめた。

 志望企業の名前が、前に応募した別の会社名のままになっていたのだ。急いで書いて、下書きからコピーしたまま気づかなかった。

 「これは、完全にアウトだ……」

頭を抱える亮太の脳裏に、「志望度が低いと思われる」「確認すらしていないと思われる」といった言葉が渦巻いた。

 でも、ただ後悔して終わるのは嫌だった。彼はすぐにメールを開き、丁寧にお詫びと訂正の連絡を送った。

 失敗は恥ずかしい。けれど、自分の対応は、自分で決められる。返信はまだ来ない。でも少しだけ、亮太は前を向けた気がした。

2025年6月12日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第18話】「書き終えたあと」がスタートだった

【第18話】「書き終えたあと」がスタートだった


 提出ボタンを押した瞬間、どっと肩の力が抜けた。

「やっと終わった……!」

そう思ったのも束の間、すぐにスマホに通知が届いた。

 「書類選考を通過された方には、今後のご連絡をいたします」

 なんだか、ゴールだと思っていたものが、じつはスタートだったような気がしてきた。美月は、送信済みフォルダを見返した。自分なりに悩み抜いて書いたエントリーシートが、そこにある。

 少し誇らしい気持ちと、これからの不安。でも、「ここからまた始まる」と思えば、次の一歩に足が向いた。

 履歴書を書き終えたことで、自分自身の輪郭が少し見えた気がした。

履歴書・エントリーシートの作成)【第17話】「志望動機」が企業ごとに変わらない

【第17話】「志望動機」が企業ごとに変わらない


 志望動機を書き始めるたびに、慧は自分の言葉がコピー&ペーストのように感じていた。

「御社の理念に共感し……」「自分の経験を活かして……」

どこかで見たような文が並ぶたび、ページを閉じたくなる。

 いくつもの企業に応募するうちに、気づかぬうちに“無難な文”ばかりを集めてしまっていた。でも、本当にそれでいいのか――。

 ある日、企業のHPを見ていたとき、ふと社員インタビューの記事に目が止まった。そこに書かれていた言葉が、自分が大事にしていた価値観と重なった瞬間、慧の手が動き出した。

 「これは、あの会社だから書ける言葉だ」

そう思えたとき、初めて“志望”という言葉が、自分の中で生きた。 

2025年6月11日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第16話】写真がうまく貼れない日

【第16話】写真がうまく貼れない日


 履歴書の写真を貼るだけなのに、緊張して指先が震える。まっすぐ貼ったつもりが少し傾き、そっと剥がそうとして端がよれてしまった。

 「なんで、こんなこともちゃんとできないんだろう」

思わずつぶやいた声に、自分でも驚いた。

 だけど、よれてしまったその写真の中の自分は、ちゃんと前を向いていた。撮影のときも緊張して、でも何度も撮り直して、ようやく「これでいい」と思えた一枚だった。

 失敗したのは、貼り方だけだ。中身も、準備も、気持ちも、きちんとここにある。

 新しい写真を用意して、もう一度、丁寧に貼る。その一手間のなかに、自分を大事にする感覚が戻ってくるのを、里奈は感じていた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第15話】「部活の実績」がない不安

【第15話】「部活の実績」がない不安


 「部活とか、特にやってなかったんですよね……」

陽斗はそう言いながら、履歴書の“学生時代に力を入れたこと”の欄を見つめていた。

 友達の多くは、部活での全国大会、留学経験、起業活動――キラキラしたエピソードを並べている。自分は、地味にコンビニでのバイトと、家で趣味のDIYをしていたくらい。

 でも、よく考えてみたら、週に3回の深夜シフトでミスをしない工夫をしていた。家族のために壊れた家具を直した。“誰かの役に立つことを、当たり前のようにやってきた”という日々が、確かにそこにあった。

 「大きな実績じゃなくても、ちゃんと積み重ねた時間だ」

そう書き始めたとき、陽斗のペン先には、少し自信がにじんでいた。

2025年6月10日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第14話】「書きすぎ」が伝わらない理由

【第14話】「書きすぎ」が伝わらない理由


 自己PR欄、800文字ぎっしり。

さくらは、「これで完璧」と思って提出した。

 でも、面接で言われたのは、「伝えたいことが少し分かりづらかったです」というひとこと。あれだけ時間をかけて書いたのに――と、悔しさが込み上げた。

 その夜、彼女は自分のエントリーシートを声に出して読んでみた。途中で息が切れる。話があちこちに飛ぶ。自分でも、なにが一番言いたかったのかがぼやけて見えた。

 「文字で埋めるより、伝えたい“芯”を立てなきゃ」

さくらは翌日、最初の一文を丸ごと削った。読み手のことを考えて削る勇気。それが、伝わる言葉を生む第一歩だった。

履歴書・エントリーシートの作成)【第13話】「学チカ」にアルバイトしかない

【第13話】「学チカ」にアルバイトしかない


 「学生時代に力を入れたことは?」

その問いに、何度も手が止まった。

 サークルもゼミも、正直そこまで熱中した覚えはない。

唯一、人より多くやってきたのは、スーパーのアルバイトだった。

 毎日の品出し、レジ打ち、接客。

ルーティンワークに見えるそれを、“頑張った”と言えるのか、不安だった。

 でも、年末の混雑でクレームが重なった日、自分が考えてPOPを工夫し、売り場を並べ直したあのとき、少し誇らしかった気持ちを思い出した。

 「自分なりに工夫した経験がある」

それが、“学チカ”で語れるものだと気づいた瞬間、ようやく言葉が自然に浮かび始めた。

2025年6月9日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第12話】「たった一枚」に時間をかけすぎて

【第12話】「たった一枚」に時間をかけすぎて


  エントリーシートを1枚仕上げるのに、気づけば丸2日かかっていた。

「もっといい言い回しがあるかも」「ここ、削った方がスマートかも」

書いては消し、また書き直し、気がつけば朝。

 部屋の隅には、くしゃくしゃになった紙の山。

「まだ完成じゃない」と思いながらも、どこが“完成”なのか、自分でもわからなくなっていた。

 そんな時、スマホに届いた友達の一言が目に留まった。

「出したら、また次がある。全部一発勝負じゃないよ」

 葵は肩の力を抜いて、最後にひと息ついて送信ボタンを押した。

“完璧”じゃなくても、“出し切った”と思える一枚。それが今の、等身大の葵だった。

履歴書・エントリーシートの作成)【第11話】「空白期間」を書けなかった日

【第11話】「空白期間」を書けなかった日


 「2023年4月~2024年3月」

 履歴書の学歴・職歴欄。その1行に、どうしても書けない時期がある。隼人にとって、それは心と身体を休めていた一年だった。

 「何もしていませんでした」と書くわけにもいかず、「自己研鑽中」や「資格取得準備中」と書いてみる。でも、嘘ではないけど、本当でもないような気がした。

 画面の前で何度も削除と修正を繰り返す。

 そのとき、ふと当時つけていた日記の1ページが目に入った。「今日は午前中、散歩した。夕方には久しぶりに本を読めた」

 ゆっくりだけど、確かに自分を取り戻していた時間だった。

 それも、書いていいんじゃないかと思えた。

 「心身の回復と、生活の立て直しの期間」

 そう書いた時、ようやく隼人の時間が、自分の言葉で履歴書に刻まれた。

2025年6月8日日曜日

就活物語「質問の質が変わった日」

 就活物語
「質問の質が変わった日」


 「最初は、普通の子だと思っていました。」

 ナナミの初日の印象を聞かれたら、たぶん私はそう答える。笑顔も挨拶も申し分なく、真面目そうな子。でも正直、他の学生たちと大差はなかった。

 だが、三日目に変化が起きた。

 午前中の社内見学が終わったあと、彼女はこう言った。

 「見学して気づいたんですが、御社の○○業務は、他社と流れが少し違う気がしました。何か意図があるのでしょうか?」

 その質問は、ただの疑問じゃなかった。観察したうえで、自分なりに考え、深堀りしようとする姿勢があった。

 その日から、彼女の質問は変わった。表面的な「なぜですか?」から、「こういう理解で合っていますか?」「今後、自分がこの業務を担うならどうすべきか?」と、自分ごととして考えるようになっていった。

 最終日の発表では、課題に対して具体的な提案まで含まれていて、チーム社員たちも驚いていた。

 ナナミは特別なスキルがあったわけではない。

 でも、“考える力”と“成長の早さ”があった。

 ただ情報を受け取るのではなく、吸収して変化する力。それが、職場では何より大事だ。

 私は迷わず、彼女の名前に○をつけた。

 一緒に働きたいと思える学生だった。

2025年6月7日土曜日

就活物語「指示の先を読める子」

就活物語
「指示の先を読める子」


 夏のインターン最終日。私は参加学生のアンケートを回収しながら、一人の学生のことを思い返していた。名前はコウタ。目立つタイプではなかったが、彼の動きはいつも静かに周囲を支えていた。

 たとえば、ある日。現場社員が資料の印刷で手間取っていたとき、コウタは「自分がコピー室に行ってきます」と声をかけた。言われたわけではない。けれど、必要なタイミングで、必要な行動をしていた。しかもそれを“当然”のようにこなす。

 他の学生たちは、決められたタスクはこなすが、それ以上のことには踏み込まなかった。だがコウタは、自分の役割だけでなく、周囲がうまく回るように気を配っていた。

 最後の振り返りで彼はこう言った。

 「周囲を見る余裕が、少しずつ出てきました。社会に出たら、目の前の仕事だけでなく、チーム全体を見ることも大事だと思いました。」

 その言葉に、私は驚かなかった。すでに彼は、実践していたからだ。

 “地味だけど頼れる”というのは、実は組織にとって一番大事な存在だ。

 採用担当として、一緒に働きたいと思った。派手な成果よりも、“空気のように動ける”力が、職場では何よりも価値を持つことを、彼は自然に示していた。

2025年6月6日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第10話】見返すたびに、ちがう顔

【第10話】見返すたびに、ちがう顔


 履歴書のファイルを見返すたびに、真理は不思議な気持ちになる。

 最初に書いたもの、提出直前で手直ししたもの、うまく書けた気がするもの――全部、自分の文字なのに、まるで違う人が書いたように見える。

 「私って、どんな人なんだろう」

 志望動機も、自己PRも、書くたびに少しずつ変わっていく。迷いながら、削りながら、言葉を重ねてきた。

 それは、うまく飾るためじゃない。

 本当に、自分を知るためだったのかもしれない。

 今日もまた、履歴書のファイルを開く。

 書きかけの行に手を添えながら、真理は思う。「今の自分なら、もう少し素直に書ける気がする」

履歴書・エントリーシートの作成)【第9話】書き出しだけで30分

【第9話】書き出しだけで30分 



 エントリーシートの「自己PR欄」の1行目を前に、航太はため息をついた。書き出しの言葉が、どうしても決まらない。

 「私は……」「これまで……」「自分の強みは……」

 何度もタイプしては消して、気づけば30分。1文字も進んでいない。

 けれど、ふとスマホのメモに残していた過去の言葉を見つけた。部活の最後の大会前に書いた、自分へのメッセージ。

 《やってきたことを信じろ。自分の言葉で、ちゃんと伝えろ》

 画面を見つめながら、航太は笑った。書き出しは、格好つけなくていい。ただ、自分に正直であれば。

 ゆっくりと、キーボードに向かう。1文字目が打てた瞬間、心のもやもやが少しだけ晴れていた。

2025年6月5日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第8話】「趣味:読書」と書いてから

【第8話】「趣味:読書」と書いてから 


 「趣味:読書」と書いた瞬間、手が止まった。

 本を読むのは本当。でも、それだけでいいのだろうか。説明会で「最近読んだ本は?」と聞かれて、答えに詰まったことを思い出した。

 読書という言葉は、安心する。でも、自分のことを語るには、少し曖昧すぎるのかもしれない。

 それでも――彼女の中に残っていた1冊の記憶があった。高校時代に読んだ小さな文庫本。何度もページをめくり、折り目をつけた言葉たち。

 あのときの気持ちは、まだ胸の奥に残っている。そう思ったとき、「趣味:読書」の後ろに、「特に心に残った一冊について」と言葉を加えた。

 趣味は、単なる飾りじゃない。自分の輪郭を、そっと照らしてくれるものなのだ。

履歴書・エントリーシートの作成)【第7話】証明写真、なぜか横を向いていた

【第7話】証明写真、なぜか横を向いていた 


 証明写真を印刷してみると、なぜか涼の顔はほんの少しだけ右を向いていた。正面を見ていたはずなのに、ほんのわずかに、視線が逸れている。

 「これじゃ、なんか落ち着かないな……」

 でも、撮り直すには時間もお金もかかる。提出期限は明日。少し迷ったが、その写真を履歴書に貼ることにした。

 書類を仕上げていくうちに、ふと思った。

 少し不格好でも、間に合わせでも、自分の力でここまで準備したこと自体が、自信になるんじゃないかと。

 完璧じゃなくても、出し切ればいい。そう思って封筒を閉じたとき、涼の心の中には、不思議とまっすぐな気持ちがあった。

2025年6月4日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第6話】メールの「誤送信」で知ったこと

【第6話】メールの「誤送信」で知ったこと 


 「お世話になっております」と打ったはずのメールの冒頭が、「お世話に〜」で送信されていた。

 しかも、添付するはずの履歴書も忘れていた。

 「うわあああ……」

 沙也加は頭を抱え、何度も送信メールを見返した。たった1クリックで、こんなに落ち込むなんて。

 でも翌日、その企業から返信が来た。

 「履歴書が添付されていないようでしたので、ご確認ください」

 文面は丁寧で、どこにも責める言葉はなかった。

 完璧じゃなくても、向き合い方で伝わるものがあるんだ――そう思った。ミスを認めて、丁寧にお詫びと再送のメールを打つ手は、昨日よりほんの少しだけ、自信に満ちていた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第5話】履歴書を手書きにする理由

【第5話】履歴書を手書きにする理由


 「履歴書って、やっぱり手書きの方がいいんですか?」

 そう誰かに聞いたわけじゃないけれど、直樹はパソコンで作ったものと、手書きの用紙を交互に見比べていた。

 文字が歪むのが嫌で、何度も下書きをしては書き直す。自分の文字に自信はない。でも、手で書いた文字には、自分の“気配”がにじんでいる気がした。

 「これが僕の文字です」

 そう言えるのは、ちょっと恥ずかしい。でも、その恥ずかしさこそが、自分のリアルなのかもしれない。

 丁寧に、ゆっくりと、1文字ずつ書いていく。文字に込めた時間と気持ちが、画面越しでは届かない何かを伝えてくれるような気がした。

 そうして書き終えた履歴書には、直樹自身がちゃんと映っていた。 

2025年6月3日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第4話】“長所”が思いつかない

【第4話】“長所”が思いつかない


 「あなたの長所を教えてください」

 エントリーシートの問いに、慧(けい)は鉛筆を握ったまま止まっていた。

 明るいわけでも、リーダータイプでもない。真面目とか責任感があるとか、そんな“テンプレート”な言葉を並べても、嘘になる気がした。

 ふと視線を上げると、机の隅にある古びた工具箱が目に入った。中身は、祖父の残した道具。壊れた家電を直すのが好きだった慧は、よく一人で分解しては組み立てていた。

 「あきらめずに、最後までやるってことか……」

 誰かに見せるためではなく、自分の中にずっとあったもの。

 それが“長所”でなくて、何だろう。

 慧は鉛筆を持ち直し、少しだけ誇らしげな顔で、ゆっくりと書き始めた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第3話】証明写真、笑えない理由

【第3話】証明写真、笑えない理由 


 駅前の写真機の前で、美咲は鏡を覗き込んでいた。今日こそは証明写真を撮ろうと決めたのに、なぜかカメラの前に立つと顔がこわばる。

 「笑って」と自分に言い聞かせる。でも、うまく笑えない。ほんの数センチの四角い世界に、“私らしさ”を収めようとすればするほど、どこか不自然になる。

 「私は、誰に見せようとしてるんだろう?」

 ふと思った。企業の人? 友達? 親? それとも“就活生らしい”自分?

 もう一度、深呼吸してから座る。今回は、カメラに話しかけるつもりで。心の中で「こんにちは」とつぶやく。

 シャッターの音が静かに響く。画面に映った写真には、少しだけ柔らかくなった笑顔の美咲がいた。

2025年6月2日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第2話】文字数が埋まらない

【第2話】文字数が埋まらない 


 「400文字以上800文字以内で」と書かれたエントリーシートの設問に、翔太はうんざりしていた。言いたいことはある。でも、それを“就活っぽい言葉”にするのが難しい。

 最初は、ありきたりな志望動機を真似してみた。「御社の企業理念に共感し……」と打っては消し、何度も繰り返した。気づけば、何も進んでいない。

 でもふと、自分がバイト先でどんなことを工夫してきたか、後輩に何を伝えてきたかを思い出したとき、キーボードの手が止まらなくなった。

 「就活っぽく書こう」とするほど、自分から遠ざかっていたのだ。

 800文字の最後にたどり着いたとき、翔太は気づいた。言葉は、飾るより、届かせるものだと。

履歴書・エントリーシートの作成)【第1話】下書きフォルダの秘密

【第1話】下書きフォルダの秘密 


 遥のパソコンの中には「エントリーシート(下書き)」というフォルダがある。中を開くと、ファイル名に「第一志望」「提出用」「書きかけ」「没」など、いろんな名札がついていた。

 「また途中で止まっちゃった……」

 書いては悩み、削除して、また書く。その繰り返し。誰にも見せていないのに、なぜか評価される気がして、怖くなる。

 でも、ある日ふと気づいた。たくさんの“途中”があることは、それだけ“考えた”証なのだと。誰かの真似でもなく、AIの言葉でもない、自分の中から絞り出した言葉たち。

 遥は画面を開いた。「完成させなきゃ」と力むのをやめて、今日も新しい下書きを作る。まだ提出しない。でも、それでも前に進んでいるのだ。

就活におけるグループワーク)【第46話】「沈黙の勇気」

【第46話】「沈黙の勇気」  「じゃあ、次はアイデア出しに入ろうか」リーダーの真紀が言うと、場に静寂が落ちた。誰もが何か言わなきゃと思っているのに、言葉が出てこない。  そんな中、黙っていた遥が、意を決したようにノートを開いた。「あの……こんな案、どうですか?」その声は小さかった...