2025年6月13日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない

【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない


 エントリーシートを見つめながら、香織は首をかしげた。「自己PR」と「志望動機」、似ているようで、何を書けばいいのか分からない。

 どちらも「自分をアピールする」ものなのに、違いがぼんやりしていた。何度書いても、似たような文章になってしまう。

 そんなとき、大学の先輩が言っていた言葉を思い出した。

「自己PRは“私はこういう人です”、志望動機は“だから御社でこう働きたい”って話だよ」

 目の前の2つの空欄が、それぞれ“過去”と“未来”に向かっていると気づいたとき、香織の中でようやく言葉が整理された。

 “自分を伝える”って、そういうことなのかもしれない。

履歴書・エントリーシートの作成)【第19話】志望企業の“名前”を間違えた日

【第19話】志望企業の“名前”を間違えた日


 「御社の〇〇という理念に共感し……」

提出直後、画面を見返して、亮太は青ざめた。

 志望企業の名前が、前に応募した別の会社名のままになっていたのだ。急いで書いて、下書きからコピーしたまま気づかなかった。

 「これは、完全にアウトだ……」

頭を抱える亮太の脳裏に、「志望度が低いと思われる」「確認すらしていないと思われる」といった言葉が渦巻いた。

 でも、ただ後悔して終わるのは嫌だった。彼はすぐにメールを開き、丁寧にお詫びと訂正の連絡を送った。

 失敗は恥ずかしい。けれど、自分の対応は、自分で決められる。返信はまだ来ない。でも少しだけ、亮太は前を向けた気がした。

2025年6月12日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第18話】「書き終えたあと」がスタートだった

【第18話】「書き終えたあと」がスタートだった


 提出ボタンを押した瞬間、どっと肩の力が抜けた。

「やっと終わった……!」

そう思ったのも束の間、すぐにスマホに通知が届いた。

 「書類選考を通過された方には、今後のご連絡をいたします」

 なんだか、ゴールだと思っていたものが、じつはスタートだったような気がしてきた。美月は、送信済みフォルダを見返した。自分なりに悩み抜いて書いたエントリーシートが、そこにある。

 少し誇らしい気持ちと、これからの不安。でも、「ここからまた始まる」と思えば、次の一歩に足が向いた。

 履歴書を書き終えたことで、自分自身の輪郭が少し見えた気がした。

履歴書・エントリーシートの作成)【第17話】「志望動機」が企業ごとに変わらない

【第17話】「志望動機」が企業ごとに変わらない


 志望動機を書き始めるたびに、慧は自分の言葉がコピー&ペーストのように感じていた。

「御社の理念に共感し……」「自分の経験を活かして……」

どこかで見たような文が並ぶたび、ページを閉じたくなる。

 いくつもの企業に応募するうちに、気づかぬうちに“無難な文”ばかりを集めてしまっていた。でも、本当にそれでいいのか――。

 ある日、企業のHPを見ていたとき、ふと社員インタビューの記事に目が止まった。そこに書かれていた言葉が、自分が大事にしていた価値観と重なった瞬間、慧の手が動き出した。

 「これは、あの会社だから書ける言葉だ」

そう思えたとき、初めて“志望”という言葉が、自分の中で生きた。 

2025年6月11日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第16話】写真がうまく貼れない日

【第16話】写真がうまく貼れない日


 履歴書の写真を貼るだけなのに、緊張して指先が震える。まっすぐ貼ったつもりが少し傾き、そっと剥がそうとして端がよれてしまった。

 「なんで、こんなこともちゃんとできないんだろう」

思わずつぶやいた声に、自分でも驚いた。

 だけど、よれてしまったその写真の中の自分は、ちゃんと前を向いていた。撮影のときも緊張して、でも何度も撮り直して、ようやく「これでいい」と思えた一枚だった。

 失敗したのは、貼り方だけだ。中身も、準備も、気持ちも、きちんとここにある。

 新しい写真を用意して、もう一度、丁寧に貼る。その一手間のなかに、自分を大事にする感覚が戻ってくるのを、里奈は感じていた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第15話】「部活の実績」がない不安

【第15話】「部活の実績」がない不安


 「部活とか、特にやってなかったんですよね……」

陽斗はそう言いながら、履歴書の“学生時代に力を入れたこと”の欄を見つめていた。

 友達の多くは、部活での全国大会、留学経験、起業活動――キラキラしたエピソードを並べている。自分は、地味にコンビニでのバイトと、家で趣味のDIYをしていたくらい。

 でも、よく考えてみたら、週に3回の深夜シフトでミスをしない工夫をしていた。家族のために壊れた家具を直した。“誰かの役に立つことを、当たり前のようにやってきた”という日々が、確かにそこにあった。

 「大きな実績じゃなくても、ちゃんと積み重ねた時間だ」

そう書き始めたとき、陽斗のペン先には、少し自信がにじんでいた。

2025年6月10日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第14話】「書きすぎ」が伝わらない理由

【第14話】「書きすぎ」が伝わらない理由


 自己PR欄、800文字ぎっしり。

さくらは、「これで完璧」と思って提出した。

 でも、面接で言われたのは、「伝えたいことが少し分かりづらかったです」というひとこと。あれだけ時間をかけて書いたのに――と、悔しさが込み上げた。

 その夜、彼女は自分のエントリーシートを声に出して読んでみた。途中で息が切れる。話があちこちに飛ぶ。自分でも、なにが一番言いたかったのかがぼやけて見えた。

 「文字で埋めるより、伝えたい“芯”を立てなきゃ」

さくらは翌日、最初の一文を丸ごと削った。読み手のことを考えて削る勇気。それが、伝わる言葉を生む第一歩だった。

履歴書・エントリーシートの作成)【第13話】「学チカ」にアルバイトしかない

【第13話】「学チカ」にアルバイトしかない


 「学生時代に力を入れたことは?」

その問いに、何度も手が止まった。

 サークルもゼミも、正直そこまで熱中した覚えはない。

唯一、人より多くやってきたのは、スーパーのアルバイトだった。

 毎日の品出し、レジ打ち、接客。

ルーティンワークに見えるそれを、“頑張った”と言えるのか、不安だった。

 でも、年末の混雑でクレームが重なった日、自分が考えてPOPを工夫し、売り場を並べ直したあのとき、少し誇らしかった気持ちを思い出した。

 「自分なりに工夫した経験がある」

それが、“学チカ”で語れるものだと気づいた瞬間、ようやく言葉が自然に浮かび始めた。

2025年6月9日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第12話】「たった一枚」に時間をかけすぎて

【第12話】「たった一枚」に時間をかけすぎて


  エントリーシートを1枚仕上げるのに、気づけば丸2日かかっていた。

「もっといい言い回しがあるかも」「ここ、削った方がスマートかも」

書いては消し、また書き直し、気がつけば朝。

 部屋の隅には、くしゃくしゃになった紙の山。

「まだ完成じゃない」と思いながらも、どこが“完成”なのか、自分でもわからなくなっていた。

 そんな時、スマホに届いた友達の一言が目に留まった。

「出したら、また次がある。全部一発勝負じゃないよ」

 葵は肩の力を抜いて、最後にひと息ついて送信ボタンを押した。

“完璧”じゃなくても、“出し切った”と思える一枚。それが今の、等身大の葵だった。

履歴書・エントリーシートの作成)【第11話】「空白期間」を書けなかった日

【第11話】「空白期間」を書けなかった日


 「2023年4月~2024年3月」

 履歴書の学歴・職歴欄。その1行に、どうしても書けない時期がある。隼人にとって、それは心と身体を休めていた一年だった。

 「何もしていませんでした」と書くわけにもいかず、「自己研鑽中」や「資格取得準備中」と書いてみる。でも、嘘ではないけど、本当でもないような気がした。

 画面の前で何度も削除と修正を繰り返す。

 そのとき、ふと当時つけていた日記の1ページが目に入った。「今日は午前中、散歩した。夕方には久しぶりに本を読めた」

 ゆっくりだけど、確かに自分を取り戻していた時間だった。

 それも、書いていいんじゃないかと思えた。

 「心身の回復と、生活の立て直しの期間」

 そう書いた時、ようやく隼人の時間が、自分の言葉で履歴書に刻まれた。

2025年6月8日日曜日

就活物語「質問の質が変わった日」

 就活物語
「質問の質が変わった日」


 「最初は、普通の子だと思っていました。」

 ナナミの初日の印象を聞かれたら、たぶん私はそう答える。笑顔も挨拶も申し分なく、真面目そうな子。でも正直、他の学生たちと大差はなかった。

 だが、三日目に変化が起きた。

 午前中の社内見学が終わったあと、彼女はこう言った。

 「見学して気づいたんですが、御社の○○業務は、他社と流れが少し違う気がしました。何か意図があるのでしょうか?」

 その質問は、ただの疑問じゃなかった。観察したうえで、自分なりに考え、深堀りしようとする姿勢があった。

 その日から、彼女の質問は変わった。表面的な「なぜですか?」から、「こういう理解で合っていますか?」「今後、自分がこの業務を担うならどうすべきか?」と、自分ごととして考えるようになっていった。

 最終日の発表では、課題に対して具体的な提案まで含まれていて、チーム社員たちも驚いていた。

 ナナミは特別なスキルがあったわけではない。

 でも、“考える力”と“成長の早さ”があった。

 ただ情報を受け取るのではなく、吸収して変化する力。それが、職場では何より大事だ。

 私は迷わず、彼女の名前に○をつけた。

 一緒に働きたいと思える学生だった。

2025年6月7日土曜日

就活物語「指示の先を読める子」

就活物語
「指示の先を読める子」


 夏のインターン最終日。私は参加学生のアンケートを回収しながら、一人の学生のことを思い返していた。名前はコウタ。目立つタイプではなかったが、彼の動きはいつも静かに周囲を支えていた。

 たとえば、ある日。現場社員が資料の印刷で手間取っていたとき、コウタは「自分がコピー室に行ってきます」と声をかけた。言われたわけではない。けれど、必要なタイミングで、必要な行動をしていた。しかもそれを“当然”のようにこなす。

 他の学生たちは、決められたタスクはこなすが、それ以上のことには踏み込まなかった。だがコウタは、自分の役割だけでなく、周囲がうまく回るように気を配っていた。

 最後の振り返りで彼はこう言った。

 「周囲を見る余裕が、少しずつ出てきました。社会に出たら、目の前の仕事だけでなく、チーム全体を見ることも大事だと思いました。」

 その言葉に、私は驚かなかった。すでに彼は、実践していたからだ。

 “地味だけど頼れる”というのは、実は組織にとって一番大事な存在だ。

 採用担当として、一緒に働きたいと思った。派手な成果よりも、“空気のように動ける”力が、職場では何よりも価値を持つことを、彼は自然に示していた。

2025年6月6日金曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第10話】見返すたびに、ちがう顔

【第10話】見返すたびに、ちがう顔


 履歴書のファイルを見返すたびに、真理は不思議な気持ちになる。

 最初に書いたもの、提出直前で手直ししたもの、うまく書けた気がするもの――全部、自分の文字なのに、まるで違う人が書いたように見える。

 「私って、どんな人なんだろう」

 志望動機も、自己PRも、書くたびに少しずつ変わっていく。迷いながら、削りながら、言葉を重ねてきた。

 それは、うまく飾るためじゃない。

 本当に、自分を知るためだったのかもしれない。

 今日もまた、履歴書のファイルを開く。

 書きかけの行に手を添えながら、真理は思う。「今の自分なら、もう少し素直に書ける気がする」

履歴書・エントリーシートの作成)【第9話】書き出しだけで30分

【第9話】書き出しだけで30分 



 エントリーシートの「自己PR欄」の1行目を前に、航太はため息をついた。書き出しの言葉が、どうしても決まらない。

 「私は……」「これまで……」「自分の強みは……」

 何度もタイプしては消して、気づけば30分。1文字も進んでいない。

 けれど、ふとスマホのメモに残していた過去の言葉を見つけた。部活の最後の大会前に書いた、自分へのメッセージ。

 《やってきたことを信じろ。自分の言葉で、ちゃんと伝えろ》

 画面を見つめながら、航太は笑った。書き出しは、格好つけなくていい。ただ、自分に正直であれば。

 ゆっくりと、キーボードに向かう。1文字目が打てた瞬間、心のもやもやが少しだけ晴れていた。

2025年6月5日木曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第8話】「趣味:読書」と書いてから

【第8話】「趣味:読書」と書いてから 


 「趣味:読書」と書いた瞬間、手が止まった。

 本を読むのは本当。でも、それだけでいいのだろうか。説明会で「最近読んだ本は?」と聞かれて、答えに詰まったことを思い出した。

 読書という言葉は、安心する。でも、自分のことを語るには、少し曖昧すぎるのかもしれない。

 それでも――彼女の中に残っていた1冊の記憶があった。高校時代に読んだ小さな文庫本。何度もページをめくり、折り目をつけた言葉たち。

 あのときの気持ちは、まだ胸の奥に残っている。そう思ったとき、「趣味:読書」の後ろに、「特に心に残った一冊について」と言葉を加えた。

 趣味は、単なる飾りじゃない。自分の輪郭を、そっと照らしてくれるものなのだ。

履歴書・エントリーシートの作成)【第7話】証明写真、なぜか横を向いていた

【第7話】証明写真、なぜか横を向いていた 


 証明写真を印刷してみると、なぜか涼の顔はほんの少しだけ右を向いていた。正面を見ていたはずなのに、ほんのわずかに、視線が逸れている。

 「これじゃ、なんか落ち着かないな……」

 でも、撮り直すには時間もお金もかかる。提出期限は明日。少し迷ったが、その写真を履歴書に貼ることにした。

 書類を仕上げていくうちに、ふと思った。

 少し不格好でも、間に合わせでも、自分の力でここまで準備したこと自体が、自信になるんじゃないかと。

 完璧じゃなくても、出し切ればいい。そう思って封筒を閉じたとき、涼の心の中には、不思議とまっすぐな気持ちがあった。

2025年6月4日水曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第6話】メールの「誤送信」で知ったこと

【第6話】メールの「誤送信」で知ったこと 


 「お世話になっております」と打ったはずのメールの冒頭が、「お世話に〜」で送信されていた。

 しかも、添付するはずの履歴書も忘れていた。

 「うわあああ……」

 沙也加は頭を抱え、何度も送信メールを見返した。たった1クリックで、こんなに落ち込むなんて。

 でも翌日、その企業から返信が来た。

 「履歴書が添付されていないようでしたので、ご確認ください」

 文面は丁寧で、どこにも責める言葉はなかった。

 完璧じゃなくても、向き合い方で伝わるものがあるんだ――そう思った。ミスを認めて、丁寧にお詫びと再送のメールを打つ手は、昨日よりほんの少しだけ、自信に満ちていた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第5話】履歴書を手書きにする理由

【第5話】履歴書を手書きにする理由


 「履歴書って、やっぱり手書きの方がいいんですか?」

 そう誰かに聞いたわけじゃないけれど、直樹はパソコンで作ったものと、手書きの用紙を交互に見比べていた。

 文字が歪むのが嫌で、何度も下書きをしては書き直す。自分の文字に自信はない。でも、手で書いた文字には、自分の“気配”がにじんでいる気がした。

 「これが僕の文字です」

 そう言えるのは、ちょっと恥ずかしい。でも、その恥ずかしさこそが、自分のリアルなのかもしれない。

 丁寧に、ゆっくりと、1文字ずつ書いていく。文字に込めた時間と気持ちが、画面越しでは届かない何かを伝えてくれるような気がした。

 そうして書き終えた履歴書には、直樹自身がちゃんと映っていた。 

2025年6月3日火曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第4話】“長所”が思いつかない

【第4話】“長所”が思いつかない


 「あなたの長所を教えてください」

 エントリーシートの問いに、慧(けい)は鉛筆を握ったまま止まっていた。

 明るいわけでも、リーダータイプでもない。真面目とか責任感があるとか、そんな“テンプレート”な言葉を並べても、嘘になる気がした。

 ふと視線を上げると、机の隅にある古びた工具箱が目に入った。中身は、祖父の残した道具。壊れた家電を直すのが好きだった慧は、よく一人で分解しては組み立てていた。

 「あきらめずに、最後までやるってことか……」

 誰かに見せるためではなく、自分の中にずっとあったもの。

 それが“長所”でなくて、何だろう。

 慧は鉛筆を持ち直し、少しだけ誇らしげな顔で、ゆっくりと書き始めた。

履歴書・エントリーシートの作成)【第3話】証明写真、笑えない理由

【第3話】証明写真、笑えない理由 


 駅前の写真機の前で、美咲は鏡を覗き込んでいた。今日こそは証明写真を撮ろうと決めたのに、なぜかカメラの前に立つと顔がこわばる。

 「笑って」と自分に言い聞かせる。でも、うまく笑えない。ほんの数センチの四角い世界に、“私らしさ”を収めようとすればするほど、どこか不自然になる。

 「私は、誰に見せようとしてるんだろう?」

 ふと思った。企業の人? 友達? 親? それとも“就活生らしい”自分?

 もう一度、深呼吸してから座る。今回は、カメラに話しかけるつもりで。心の中で「こんにちは」とつぶやく。

 シャッターの音が静かに響く。画面に映った写真には、少しだけ柔らかくなった笑顔の美咲がいた。

2025年6月2日月曜日

履歴書・エントリーシートの作成)【第2話】文字数が埋まらない

【第2話】文字数が埋まらない 


 「400文字以上800文字以内で」と書かれたエントリーシートの設問に、翔太はうんざりしていた。言いたいことはある。でも、それを“就活っぽい言葉”にするのが難しい。

 最初は、ありきたりな志望動機を真似してみた。「御社の企業理念に共感し……」と打っては消し、何度も繰り返した。気づけば、何も進んでいない。

 でもふと、自分がバイト先でどんなことを工夫してきたか、後輩に何を伝えてきたかを思い出したとき、キーボードの手が止まらなくなった。

 「就活っぽく書こう」とするほど、自分から遠ざかっていたのだ。

 800文字の最後にたどり着いたとき、翔太は気づいた。言葉は、飾るより、届かせるものだと。

履歴書・エントリーシートの作成)【第1話】下書きフォルダの秘密

【第1話】下書きフォルダの秘密 


 遥のパソコンの中には「エントリーシート(下書き)」というフォルダがある。中を開くと、ファイル名に「第一志望」「提出用」「書きかけ」「没」など、いろんな名札がついていた。

 「また途中で止まっちゃった……」

 書いては悩み、削除して、また書く。その繰り返し。誰にも見せていないのに、なぜか評価される気がして、怖くなる。

 でも、ある日ふと気づいた。たくさんの“途中”があることは、それだけ“考えた”証なのだと。誰かの真似でもなく、AIの言葉でもない、自分の中から絞り出した言葉たち。

 遥は画面を開いた。「完成させなきゃ」と力むのをやめて、今日も新しい下書きを作る。まだ提出しない。でも、それでも前に進んでいるのだ。

2025年6月1日日曜日

就活物語「エントリーシートの空白」

就活物語「エントリーシートの空白」 


「先生、ユウタって知ってます? 実習先でも好評で、ああいう学生が現場に入ってくれたらって、言われてましたよ」

そんなふうに語られる学生が、書類選考で落ちてしまう。就職指導室では珍しい話じゃない。でも、今回はその“落差”が大きすぎた。

私はユウタのエントリーシートを開いてみた。

きれいな文字。文法も整っていて、読みやすい。けれど、何も残らない。どこにでもいるような言葉ばかりが並んでいて、彼自身の顔が見えてこなかった。

ユウタは、スポーツトレーナーを目指している。実習では、認知症を抱えた高齢者の方に寄り添い、根気強く関わったと聞いている。子どものリハビリを手伝ったときも、保護者から「この子が一番安心できた」と言われたという話も知っていた。

けれど、そのどれもが、このエントリーシートには書かれていなかった。

「どうして、相談に来なかったのかな…」

もし来てくれていたら、「この経験は強みになるよ」と伝えられた。言葉の整理を手伝うことで、彼の優しさや実直さは、もっと伝わる文章になったはずだ。

エントリーシートは、文章力だけじゃない。誰と話しながら書いたか、何を振り返ったかで、その中身がまったく変わってくる。ユウタのような学生こそ、一緒に言葉を探していきたかった。

きっと、本人は「これで十分」と思っていたのだろう。でも、“十分”だったかどうかは、自分では判断しにくいものだ。

就職支援って、“余計なお世話”に聞こえることもある。けれど、あのとき相談に来てくれていたら。今も、そう思わずにはいられない。

履歴書・エントリーシートの作成)【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない

【第20話】「自己PR」と「志望動機」の境目がわからない  エントリーシートを見つめながら、香織は首をかしげた。「自己PR」と「志望動機」、似ているようで、何を書けばいいのか分からない。  どちらも「自分をアピールする」ものなのに、違いがぼんやりしていた。何度書いても、似たような...