2026年10月3日土曜日

それぞれの、働く理由|夢と現実|夢を諦めたわけじゃない


 「先生、どうして音楽の先生にならなかったんですか?」

放課後、学童保育の教室で、小学三年生の男の子にそう聞かれた。

優奈は二十七歳。

大学では音楽を学び、卒業後は演奏家を目指していた。

小さな演奏会に出演し、オーディションにも挑戦した。

けれど、思うような結果は出なかった。

 生活のためにアルバイトを増やし、練習する時間は少しずつ減っていった。

二年前、優奈は学童保育の仕事に就いた。

子どもたちと過ごす毎日は慌ただしい。

宿題を見たり、けんかの仲裁をしたり、保護者への連絡をしたり。

ピアノに触れない日も増えた。

 「もう音楽はやめたの?」

久しぶりに会った友人に聞かれたとき、優奈は曖昧に笑った。

自分でも、どう答えればよいのか分からなかった。

 ある日の午後。

教室の隅に置かれた電子ピアノを、子どもたちが囲んでいた。

「先生、何か弾いて!」

久しぶりに鍵盤に指を置く。

最初は少しぎこちなかった。

それでも、懐かしい旋律が流れ始めると、子どもたちが静かに耳を傾けた。

 曲が終わると、一人の女の子が言った。

「私も、こんなふうに弾けるようになりたい!」

その言葉に、胸の奥が温かくなった。

 演奏家になるという夢は、まだ実現していない。

これから実現するかどうかも分からない。

でも、音楽を好きな気持ちは、何も変わっていなかった。

帰宅した優奈は、久しぶりに楽譜を開いた。

 以前のように何時間も練習することは難しい。

それでも、週末だけはピアノに向かってみようと思った。

夢を叶えることと、夢を大切にし続けること。

それは、少し違うのかもしれない。

 優奈は静かに鍵盤に触れた。

諦めたわけじゃない。

ただ、夢との付き合い方が変わっただけなのだ。


#夢と現実
#働く理由
#自分らしい生き方 

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