「どうして、この仕事を選んだんですか?」
新人の職員からそう聞かれて、真由は少し考え込んだ。
三十四歳。
介護施設で働き始めて、十年になる。
毎朝、利用者の体調を確認し、食事や入浴を手伝う。
一人ひとりの様子を見ながら、職員同士で声をかけ合う。
決して楽な仕事ではなかった。
体力を使う。
思うように休めない日もある。
利用者の小さな変化に気づけず、落ち込んだこともあった。
「最初はね、家から近かったから。」
真由がそう答えると、新人は少し驚いた顔をした。
「もっと特別な理由があるのかと思っていました。」
真由は笑った。
高校を卒業した頃、将来やりたい仕事が見つからなかった。
人の役に立つ仕事がしたいという気持ちはあった。
でも、介護の仕事に強い憧れがあったわけではない。
求人を見て、通いやすそうだと思い、応募した。
それが始まりだった。
仕事を覚えるまでは、毎日が必死だった。
何度も辞めたいと思った。
それでも続けてこられたのは、ある利用者との出会いがあったからだ。
入職して間もない頃、真由は食事の介助がうまくできず、落ち込んでいた。
すると、その利用者が静かに言った。
「慌てなくていいよ。あなたが来てくれるだけで、うれしいんだから。」
その言葉を、今でも覚えている。
ある日の午後。
真由が廊下を歩いていると、車椅子の利用者が手を振ってくれた。
「真由さん、今日は来てくれたのね。」
「はい。今日もよろしくお願いします。」
自然に笑顔になった。
新人が隣で言った。
「真由さん、本当にこの仕事が好きなんですね。」
真由は少し考えてから答えた。
「最初から好きだったわけじゃないよ。」
「でも、続けているうちに、大切な仕事になったの。」
仕事を選ぶ理由は、最初から立派でなくてもいい。
働く中で出会う人や経験によって、その理由が変わることもある。
十年前、何となく選んだ仕事。
今では、自分の人生に欠かせない仕事になっていた。
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