就活物語
「心だけが前に進んでいたカズキ」
「やる気がないように見えますね。」
面接の最後にそう言われたとき、カズキは言葉を失った。
準備はしてきた。企業研究も繰り返し、話す内容も何度も練習した。夜遅くまで、パソコンの前で話す文章を考え、声に出して覚えた。努力が足りないとは思っていなかった。
大学のキャリアセンターで相談すると、職員が静かに尋ねた。
「カズキさん、話しているとき、声に抑揚はありましたか?好きなことを話すときって、自然に表情や声が動きますよね。」
はっとした。自分の面接の様子を録音していたことを思い出し、帰宅後に聞いてみた。
言葉は丁寧で、文の構成も悪くない。だが、どこか平坦。感情が感じられない。熱意あるはずの志望動機も、まるで原稿を読み上げているようだった。
「伝えるって、こういうことじゃないんだな…」
それからカズキは、話し方の練習方法を見直した。
丸暗記ではなく、“伝える場面”を想像するようにした。「御社で働きたい」と話すとき、実際に働いている自分の姿を思い浮かべる。朝の出社風景、やりがいのある仕事、チームでのやりとり。それを目の前にいる誰かに話すように語る。すると、声のトーンに自然と抑揚がつき、表情にも熱が宿るようになっていった。
次の面接。カズキはこれまでと同じように話しているはずなのに、空気が違った。
面接官は最後にこう言った。
「今回、強い想いが伝わってきましたよ。」
やる気は、心の中にあるだけでは届かない。
声に、表情に、身振りに乗せてこそ“伝わる”ものになる。
心だけが前に進んでいたカズキは、ようやく“相手に届く就活”への一歩を踏み出したのだった。
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